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"自分に愛を囁く推し"が地雷な夢女子と夢男子にこそ『殺彼』を読んでほしい

 

  "自分に愛を囁く推し"が地雷な夢女子と夢男子にこそ『殺彼』を読んでほしい

どういうことか。タイトルまんまである。

推しが好き!でも自分なんかに愛を囁く推しは見たくない!と思った経験がある夢女子と夢男子の夢諸氏にこそ、3/9に第一巻が発売された、漫画『殺彼-サツカレ-(著者:大介+旭 新潮社)を手に取ってみてほしい。という布教ブログである。相当長くなったのでもう以下URLから本編を読んだ方が早いと思うのでサムネで既にグッと来てる方はすぐに読んでください。ブログのタイトルどういうことだ!と気になる奇特な方は以下どうぞ。長いよ!

http://www.kurage-bunch.com/img/top/20180302_1.jpg

とまぁ主語を大きく夢諸氏向けにアピールをしてみたのだけれど、『殺彼』は夢向けであると同時に、夢思考が苦手な人も読みやすいという相反する性質を持っている。夢漫画だけのカテゴリに収まらないド級作品なのだ。
 
それでもあえて夢観点から熱くこの漫画を推す理由は、キャラクターを愛するがこそ"推しが自分を愛するという解釈違い"に耐えられない、そんな面倒な拗らせ方をした夢諸氏でもすんなり"彼女"として世界に入っていける点において、本作は従来の夢作品と一線を画しているからである。
思い当たる節がある方もいるのではないだろうか。愛されたくはないけど関わりたい、それも自分という個性を相手が認めるほどの深い関わりではなく、でも推しの人生に消えない一滴の染みのような存在になりたい──。そんな複雑厄介でワガママな欲望を満たしてくれる、愛という重荷から解き放たれた世界が『殺彼』のなかには広がっている。
  
 
ではめくるめく『殺彼』ワールドを、と言いたいところだが、本作はグロテスクでショッキングな描写も多いので耐性のない方向けに基本情報からいってみよう。
 
殺彼』は現在くらげバンチというWEBマンガサイトで隔週金曜日に連載されている。なんと無料!ブルーの背景の爽やかさが消えるほど『殺彼』バナーの蛍光色の圧とアングラ感が凄いけど編集部は新潮社さんなので怪しいサイトではない。そういう点でも安心である。
ちなみに他連載も『お前はまだグンマを知らない』『間違った子を魔法少女にしてしまった』など強力布陣が火花を散らす。世紀末覇者決定戦もかくやと思うような刺激的なラインナップの中、アイコンのピンク髪のイケメンに目が止まった方も多いのではないだろうか。ビビッと来た方は己の直感と性癖を信じてバナーをクリックしてほしい。
 
本編はくらげバンチで連載されているし、ぜひその目で見てほしいのでネタバレは極力控えつつ、コンテンツとして『殺彼』がいかに練られていて面白いのかということを書いてこうと思う。
殺人彼氏、略して『殺彼』と銘打たれているように本作のメイン登場人物は全員男、しかも殺人鬼で我々一人称視点の"カレシ"になってくれる作品である。キャッチコピーは貴方は誰に殺されたい?
しかし殺人鬼たちは彼女のことを彼女が求めるような形で愛(殺)してくれることは基本的にない。"彼女"だと思っていた自分は、彼氏──殺人鬼にとっては"獲物"でしかないのだと理解した瞬間のカタルシスを、目の前の男に蹂躙されるしかないのだと知る絶望感を、我々読者は読者という神の視点以外にも殺される被害者(彼女)視点という一等席で血とモツたっぷりに楽しむことが出来る。
 
そして『殺彼』が特徴的な点の一つに、夢パートと物語パートが絡み合うように展開していく点が挙げられる。
殺彼』は様々な彼氏に目の前で彼女(というよりも獲物)である自分が殺されていく様を迫真の描き込みっぷり (死体的な意味で) 魅せる夢パートと、偶然にも彼女を殺してしまったDV男である桐生優太が殺人鬼たちの活動する闇社会に巻き込まれていく物語パートが交互に展開されていく。
夢パートで各々の彼氏がなぜ人を殺すのかという彼の思考の一端が知れたりする掘り下げでキャラクターにハマり、物語パートで優太の行く末が気になり殺人鬼を取り巻く物語から目が離せなくなる、一つで何度もおいしい構成になっている。
 
味のある脇やラスボスの位置につくため登場回が少ない、という悲しみを経験したことが悪役好きには一度はあると思うのだが、『殺彼』は全員殺人鬼なのでどのページにも人を殺す顔のいい男が載っている。公式ブs(推し)フツメンもいるしオッサンもいる。動物的な獰猛さと無邪気さのあるアッパー系殺人鬼から一見良識的な殺人鬼までより取り見取りという福利厚生の良さである。しかも下衆顔や絶望顔や成人男性の失禁をガチャ単発二回分のお金でまるまるコミックス一冊分披露してくれる。お釣りがくるサービスっぷりである。
暴力!セックス!金はまだちょっとしか登場してないけど裏で蠢いてそう!という背徳的な娯楽要素が役満!スリルたっぷりのサツジン・エンターテインメント・コミックなのだ。
 
 
すでに趣味どストライクの人にとっては十分楽しいがいっぱい!といった感じなのだが『殺彼』の魅力はこれだけにとどまらない。特徴的な点の二つ目、殺される女側の視点が夢主人公視点として機能している点だ。
 
乙女ゲームをプレイした時に感じたことはないだろうか。推しが画面越しにこちらに向かって愛を囁くたび心をよぎる、「私は彼が褒めるようないい子ではない」「可愛くもない」「頑張ってすらいないのに愛を受ける権利はあるのか?」と。彼が求めるような素晴らしい愛するべき"彼女"にこそ愛を語らうべきなのに、と自分に愛を囁く推しが解釈違いになっていく。
愛されたくないと言う以上夢女子と名乗るのもなんだかおかしいし、でも推しには個として認識されない程度(いわゆるモブ女)関わりたい気持ちも捨てきれないまま、好みに合う作品が見つけられずもう夢作品はいいかな~…と思うような人にこそ読んでもらいたい。私が『殺彼』を夢方向で推す最大の理由はここだ。
 
夢要素としての特徴を持ちながら、『殺彼』の殺人鬼たちは基本的に我々に"彼女としての振る舞い"を求めない。*1
 
殺人鬼たちにとって殺す女たちとは女体を持った生命体でしかない。彼にとっては娯楽品であり、彼にとっては消耗品であり、彼にとっては食材である。被害者に人権、人格は全く考慮されない。殺人鬼と被害者たちには偶然出会ってしまった以外の接点はない。彼らの求める記号に偶然合致していたため狙われただけなのだから、彼らはこっちの性格なんて知るわけないのだ。
どんなゴミクズのような性格と自負していても、容姿に自信がなくても、根暗そうに見えることを喜んでくれたりさえする──各々の殺人鬼にとってのこだわりや譲れないポイントをクリアさえしてしまえば、彼らは愛(ころ)してくれるのである。そこには「素敵な推しに見合うように頑張らなきゃ」といった愛し愛される苦しさとは無縁である。殺したいから殺す、というこちらの都合を全く考慮しない一方通行のコミュニケーション、理不尽すぎるエゴが愛されるためには頑張らなきゃいけないことに慣れ切った脳に痛快で心地いいのだ。
 
 
なおおススメポイントに夢要素を押し出して紹介したが、話の主軸は優太が主人公として"同業者"の世界に巻き込まれていく物語パートである。間に挟まる夢パートでは夢主人公の容姿は明確に描写されず、カレシ達は恋愛感情を獲物に向けることはない(ちんちんは入れたりする)ので夢耐性のない方でも読みやすい。殺される女という物理的なリョナは勿論、加害者から一転、殺人鬼のなかでは立場も力も弱い存在の優太が精神的に追い詰められていく姿は精神的リョナ勢にもおススメである。
さらに相互依存者、祖父孫のような関係など多様な──時にカレシと彼女である我々夢主人公よりよっぽど濃密な殺人鬼同士の絡みは腐女子の食指をくすぐる隙のなさっぷりである。趣味にさえ合致すれば誰だって楽しませてみせるという胆力と懐を持ったエンターテインメントっぷりが紙面から伝わってくる、そんな真摯な作品だ。
 
殺彼』はエンタメだ、と繰り返し書いているのでなんだ殺人をマンセーする漫画か、という誤解が生じそうだが、『殺彼』は違う。彼女を殺してしまった現場を見られた優太は弱みを握られたと認識し焦り怯える。作中のキャラ(食人鬼)の台詞にも「人殺しがバレたら罰せられるのは当然だろう」と明確に書いてある。殺人鬼たちは、犯行が露見すれば罪に問われると認識し理解した上で、己の趣味や快楽や主義のために人を殺しているのだ。そして読者の私たちは、現実では人を殺してはいけないと理解した上で『殺彼』の物語を楽しむ。
殺人鬼になすすべなく殺される弱者*2 の"私"として楽しむ。そして殺人鬼たちのなかでは弱者となった優太の姿を、読者の立場から俯瞰して見た時思うのだ。弱者である優太が追い詰められる姿を楽しむ自分が、奇しくもはじめのページの弱者の女をいたぶって楽しんでいた優太とフラッシュバックしていく恐怖。暴力描写だけではない、ゾッと肌が泡立つ感覚はフィクションから与えられたものだが、この上なく現実だ。
 
このような楽しみ方は、作品の中で倫理観が徹底されているからこそ出来る体験だ。そしてそれを極上のエンタメだと私は思うので殺彼』はエンタメだ、と言い続けたいしこれからも布教したい。殺彼』はいいぞ。
 
と、思いつく限りの『殺彼』の面白さを脈絡なく語ってみた。内容は読まずともこんな長文を書かざるを得ないようなパワーを持った作品であるということは伝わったのではないだろうか。『殺彼』の色んな楽しみ方の一つになれば、と夢方向でプレゼンさせていただきました。ここまで読んでくださった方、ありがとうございました。
 
 
以下蛇足
このブログを目に留めて下さった方に布教出来たらと思って書き始めたんですがそもそもこんな長文最後まで読んでくれるのは既に殺彼ワールドに浸かったディープな読者の方ぐらいなのでは~~~って感じの長さになりました!お祭りに参加したかっただけですこんなに書くはずではなかった!なんか堅苦しい感じになってしまったけど殺彼いいよ~面白いよ~ってことをそれっぽく書いただけなので気軽に手に取って読んでほしいです!これ全然的外れてるな~とか思われたらどうしようって感じなんですけどこの熱意を伝えたかっただけなので許してください!解釈違いあったらごめんなさい!ともかく単行本発売おめでとうございます!めでたい!連載続いてまだ立ち絵だけの可愛い子を連載と紙媒体で拝みたいのでみんな単行本買ってください!今なら一巻の続きの10回をくらげバンチ公式サイトで読める!『殺彼』はいいぞ!以上!!
 
CV妄想とか軽いおつまみブログ
 
 

*1:彼女としての振る舞いを求めないと書いたが、優太は一般人の彼女とお付き合いをしていた。しかし彼女が「自分は彼女らしいことをしている」と現状に満足し自分に従わせ続けるために彼女ごっこに付き合っているだけに(私には)見えた。優太にとっては彼女としての振る舞いは(貰えるもんは貰うけど)特に必要なく、自分が好きに殴れるタイプの女(作中のような大人しい地味女)であることが重要なのでは?金を運び暴力を振るう相手が逃げていかないようにするための、楽しい暴力の時間のための前戯でしかないのでは?推せる。推しです。

*2:女性を弱者って書いているけれど膂力などで成人男性である加害者に敵わず、全力で抵抗しても無駄で殺されるしかないって意味の肉体的などうしようもない性差を差したものであり女性の社会的立場が云々みたいな意味ではないです。念のため。というかそういうことを注意書きでわざわざ書かなきゃいけないような状況が社会に蔓延りかけてて、フィクションの世界でも及んできているからこそ殺彼のような作品がちゃんと出版されて、健全に倫理観を以て楽しめるような社会であってほしいと思ってます。